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【アラベスク】  第16章 カカオ革命



第4節 独立宣言 [3]




 私は何を期待しているんだ? 頑張れば問題は解決する。頑張れば人は変わる事ができる。ツバサを通して、そういう事実を目の当たりにして、それを自分にも重ねたいだなんて、まさかそんなコトを考えていたりするのだろうか?
 そうすれば自分も頑張れるから? 頑張って、霞流さんを振り向かせられるから?
「バッカじゃない」
 自虐してみる。
 そんなふうに人に頼ってたりするから、霞流さんに相手にされないんだよ。
 気が付けば名を呼んでいる。霞流慎二。
 私、病気だな。霞流さんを振り向かせられれば何してもいいって、思えてしまう。
 だったら、学校辞めてもいい?
 母の言葉が蘇る。
 繁華街をウロついている事実が知れれば、きっと退学だ。
 それでいいの?
 所詮は自分を嗤った連中を見返すために入学したのだ。今さら退学になっても構わない。
 本当にそうなの?
 唐渓などくだらない学校だなどと思いながらこの()に及んで未練でも沸いたかと、自嘲してみる。でも、答えは出ない。
 進路。その二文字も頭の片隅でチラついている。
 ツバサに関わっている暇なんて無いんだけどなぁ。
 今度は大きなため息をついて、校門の外に出た。そこで小さな集団に出くわした。ほとんどが女子生徒。その中心に長身の男子。
「聡」
 厄介な集団と鉢合わせたな。
 そんなうんざりとした気持ちで名を呼んでしまい、慌てて口を片手で押さえる。どうやら相手にも周囲の取り巻きにも聞こえなかったようだ。
 ホッと胸を撫で下ろしながら、聡が視線を向ける先を見た。そうして固まった。
「里奈」
 今度は、相手にも聞こえるほどの声。
 美鶴の声に、里奈はその身を大きく揺らした。
 怖くない。
 一歩下がりたいという臆病に必死に耐える。逃げ出したいという気持ちを振り切るかのように、ギュッと目を瞑って飛び出した。
 怖くない。怖くないよ。
 あまりの事に、聡は避けることもできなかった。ただ、胸に飛び込んでくる相手を受け止め、一歩下がる。
「え?」
 小さな瞳を見開いてそれ以上は言葉も出ない相手に抱きつき、里奈は顔を押し付けたまま口を開いた。
「金本くんの事が好き」
 耳を疑った。聡も、美鶴も。
 絶句したまま立ち尽くす美鶴へ顔を向け、里奈は今度は大きく口を開いて叫んでしまった。
「私、もう美鶴になんて頼らない。金本くんのコトも、ゼッタイに諦めないんだからっ!」
 大声で叫び、そうして握り締めていた小箱を聡の胸に押し付けると、そのまま背を向けて駆け出した。
 一瞬の沈黙の後、周囲は騒然となった。
 あれは誰だ。私服だった。でも同じ歳くらいだった。
 そう言えば前にも姿を見かけたことがあると言い出す女子生徒に、他の生徒が矢継ぎ早に質問で責める。
 そんな中、聡は呆然と里奈の走り去った方角を見ていた。手には綺麗に包装された小箱。ツバサと一緒に作ったチョコレート。
「本気だね」
 短い一言に振り返る。その先では、胸で腕を組む山脇瑠駆真。
「見てたのか」
「あぁ、バッチリね」
 ピッと聡の手元を指差す。
「熱烈だね。羨ましいよ」
「ふ、ふざけるなぁ」
 声をあげ、小箱を地面に投げつけようとして、だがその手を捕まれる。
「やめろ」
 いつの間にか、美鶴が傍まで寄ってきていた。
「捨てるのはやめろ。せめて家までは持って帰れ」
「美鶴」
 ゆっくりと聡の手を離す。向かい合う二人。途端、気まずい雰囲気が辺りを包む。
 私はなぜ、聡の行動を制してしまったのだろう? なぜ、里奈の手作りチョコレートを庇ってしまったのだろうか?
 里奈のチョコレートを? それとも、里奈を?
 何を言えばいいのかわからない二人。耐え切れなくなり、美鶴は勢いよく背を向けた。そうして大股で歩き出す。
 里奈。あんな里奈は初めてだ。
 自分へ向って叫ぶ里奈。聡に想われている美鶴への嫉妬が、暴走を引き起こしたのだろうか?
 昔は仲良しだった少女。できるならその恋に協力してあげたいとは思う。
 本当に思うよ。だって、私は里奈が嫌いというワケではないのだから。
 その言葉に、美鶴自身が愕然とする。
 そうなのだ。美鶴は、里奈が嫌いだったというわけではないのだ。むしろ――――
 だがきっと、美鶴の気持ちは里奈には届いてはいない。
 悪いのは自分だ。
 里奈とこれ以上対立するつもりなんてなかったのに。
 じゃあ、どうしてさっさと里奈に会わなかったの?
 後悔が胸を包む。
 自分が勇気を持って里奈に会っていれば、こんな事にはならなかったはずなのに。
 いくじなし。
 唇を噛み締めながら歩き出す美鶴。
 美鶴にはもう頼らない。
 それは、もう美鶴などには会うつもりもないという意味なのだろうか?
 いいじゃないか。どうせ自分だって、会うつもりもなかったんでしょう? だからツバサが間に入っても、会おうとはしなかったんでしょう?
 中学二年のあの日に決めたのだ。もう里奈の引き立て役になるのはやめようと決めた。
 ギュッと拳を握る。
 自分は、こんな結末を望んでいたのだろうか?
 頭の中がグチャグチャになる。混乱する。
 自分は、どうしたかったのだ? 里奈との関係がどうなればいいと思っていたのだろうか?
 振り返りもせずに校門から離れる。まだ騒然となっている現場は、美鶴の存在などには気付かない。
 そんな彼女を引きとめようとして、聡は背後の瑠駆真に止められる。
「追うな」
「止めるなよ」
「やめろ、何か様子がおかしい」
 言われて振り返り、去って行く美鶴の背中を見つめる。確かに、どことなく放心している。
「何をどうやって弁明しようというのかは知らないけれど」
 言いながら聡の手の中の小箱を指差す。
「弁解ならいつでもできる。それよりも、ちょっと聞きたい事がある」
「ご覧の通り、俺の頭は混乱に対応するので忙しい。くだらねぇ内容なら一発殴るぜ」
 未練がましく美鶴の後ろ姿をチラチラと見ながら、苛立ちを滾らせる聡。そんな相手に瑠駆真は真顔でそっと耳打ちした。周囲には聞こえぬよう、本当にそっと囁く。
「美鶴が、夜の繁華街を徘徊しているという噂、お前は知っているか?」
 聡は瞠目し、瑠駆真を見た。そうして言葉も出せぬまま再び美鶴を振り返る。
 もう見えなくなってしまった背中。数分前までは確かにそこに存在していたはずの気配。それは、今は北風に吹き飛ばされて微塵も残ってはいない。ただ後には、大袈裟に混乱する乙女たちの熱気が沸きあがり、充満し、世界を賑々しく盛り上げている。
 聡と瑠駆真を、置き去りにしたまま。


------------ 第16章 カカオ革命 [ 完 ] ------------





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